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主婦らによって始まったフィードサックの歴史
19世紀、小麦粉、砂糖、家畜の餌などは木製や金属製の箱が使われていました。しかし、それらは重くかさばり、さびるなどあまり使い勝手の良いものではありませんでした。
後にミシンが発明され、アメリカ国内での布の生産能力も高まり、1880年頃生成りの布袋となりました。
19世紀末に大流行したパッチワークキルトが一度廃れ、再び流行したのは大恐慌時代の1930年頃。誰が始めたのかはわかりませんが、それまでずっと生成り布だったフィードサックをプリント柄にしたところ大ヒットとなり、主婦達は競って柄の袋入を買い求めるようになりました。
そこでどのメーカーもプリント柄の袋に替え、1950年頃までに様々な色、柄のフィードサックがつくられました。柄の善し悪しが商品の売れ行きの鍵となったのです。
不景気で生活の苦しいなか、主婦達は袋の縫合せのひもを大事にほどき、愛する家族の為に子供服、エプロン、キルト作りに励みました。フィードサックはアメリカンパッチワークキルトの倹約の精神を育み、今もなお独特の風合いとアメリカの昔懐かしさが漂う色、柄で人々を魅了し続けることとなったのです。
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