「私は、今まで一度も幸せを感じた事がなかったよ!」魔女の悲しい叫び声が、谷間に響き渡りました。魔女のその悲しい叫び声を耳にしたキャメルは、突然我れにかえり見上げました。魔女は以前にも増して真っ赤な顔になっていました。
キャメルはその時、魔女を救うはずのクローバーが自分を救った事に気付きました。と、魔女の手元を見ると、一人のコルマール人が魔女に顔を岩肌に押し付けられて「助けてー」と叫んでいる姿が目に飛び込みました。キャメルは急に立ち上がり「お願い!これ以上人々を苦しめるのは止めて!これ以上人々を苦しめれば、あなたはもっと深い悲しみに包まれるわ!本当の一人ぼっちになっちゃうわ!」と魔女に向かって叫びました。
すると魔女はキャメルに向かって「本当の一人ぼっち?」と尋ねました「そうよ。今ならまだ間に合うわ。本当の一人ぼっちにならずにすむわ」とキャメルは答えました。「あんた家族を救いたくて私をまるめ込んでいるだけさ。お説教はごめんだよ。どうせ私は死んじまうんだよ。魔女が病気になれば3日ともたないのさ。この人間と私は谷底に落ちて死ぬのさ」と魔女は岩肌に顔を押し付けていたコルマール人を、谷底へつり下げて言いました。「違うわ!お説教じゃないわ!私もおばあちゃんが亡くなってから一人ぼっちで暮らしていたから、少しはあなたの気持ちが分かるつもりよ。あなたと私は友達同士だわ。あなたはベックホーフの料理を食べさせてくれたでしょう。あの味は幼い頃おばあちゃんが作ってくれたベックホーフの味と同じ味だったの。あんなに温かい料理を食べたのは久しぶりで本当に嬉しかったわ!あなたは本当は心の優しいおばあさんなのよ。

あなたは昔、人間たちにいじめれたって言ったけど、あなたが魔法を使わずに心を込めて人々に近付いていれば、きっと人々と心が通じ合えていたと思うの。嘘じゃない!私は今本当にあなたの虫歯を治してあげたいと思っているの。もう一度チャンスを与えて!私がクローバーをあなたに無事に届けられたら人々を許してあげて!」とキャメルは目を輝かせて魔女に語りかけるように言いました。
そして必死に岩の上からアルザスクローバーを探しました。キャメルが一生懸命にクローバーを捜しまわる姿を魔女はじっと見つめながら、ふと溜め息をついて、谷間につり下げたコルマール人を地面に降ろし、そのコルマール人の頬を大きな手の平で優しくさすったのでした。コルマールの人々は一斉に「わー」と歓声をあげました。

ちょうどその時、キャメルは谷底近くに一瞬の光を目にしました。「クローバーの光だわ!」キャメルは叫びました。そして谷底へ向かって降りはじめたのです。手の平の岩から谷底までは、なだらかな斜面になっていてキャメルは飛ぶように崖を降りていきました。まるで天使が羽根を広げて降りていくように、キャメルのコートがひらひらとはためいていました。
「あの子は、きっと天使に生まれ変わったんだよ」コルマール人の一人が言いまいした。するともう一人のコルマール人が、大きな声で叫びました。「キャメルの言うとおりさ。君はえらいよ。大人たちはもっと考えるべきさ。争って傷付け合う事はよくない!誰でもこの世に生きている間は、みんな同じ仲間なんだからね。世界中の人々と手を取り合ったら、何か大きなすばらしい事がはじまりそうだね。キャメルみたいに前向きに進む事さ」とコルマール人の叫んだ声は、谷間に明るい春の日差しが差し込んだかのようにこだましていました。そしてコルマールの人々は、お互いに目を合わせると「僕たちも一緒にクローバーを捜しにいこう」「そうよ、魔女を助けましょう」と、口々に言いました。そしてお城から、長い長いロープを持ち出してきて、ロープを岩に結び付け、みんなでロープにつかまり合って岩を降りていこうとしました。ところが谷間は激しい突風が吹き荒れていて、何人もの人々がぶらさがってもロープが持ち上がってしまい、うまくいきません。それでも人々は両手を突き出して一生懸命岩にかじり付きました。すると谷底近くまで伸びた長いロープの先端をキャメルがしっかりと掴み取りました。コルマールの人々はロープを伝って次々と降りていきました。
魔女は、その様子をじっと見つめていました。そして今までに浮かべた事のない笑みを浮かべたのです。魔女の目尻からハートの形をした涙が一粒こぼれ落ちました。その涙は魔女が生まれてはじめてこぼした涙でした。


キャメルとコルマールの人々は、風がぴたりと止まって静けさの漂う谷底まで降りてくると突然立ち止まりました。目の前を見下ろすと苔の岩の斜面があり、その先に川が流れていたのです。川にたどり着くには青々とした苔の岩をあるいていかねばなりません。キャメルは靴も靴下も脱ぎ捨て右足を苔の岩にのせました。するとすべり台のようにつるっとすべり落ちていきました。

身軽なコルマールの人々は、急いでキャメルより先に苔の岩をすべっていき、川の岸辺で手をつなぎ輪になり、キャメルを受け止めました。無事に谷川へたどり付いたキャメルとコルマールの人々は、岸辺に立ちクローバーを捜しました。「あったわ!あそこ!川の中洲よ!」キャメルが指差しました。
するとたった2本のクローバーが青いビロードのような苔の岩の上に、おだやかな光を放ちながらひっそりと生えていました。「中洲付近は川の流れが早いわ!それにとっても深そう」とコルマールの人の一人が言いました。すると「私たちマシュマロだから流されちゃうわ」もう一人のコルマール人が言いました。その時崖の上から「キャメルありがとう」という魔女の声が聞こえてきました。

キャメルは立ち上がり、想像を絶する勢いで中洲へ向かって泳ぎはじめました。川の水はアルプスの雪どけ水で氷るように冷たく、キャメルの体は赤く染まりました。キャメルは岩に這い上がり2本のクローバーをしっかりと掴んで、そしてロープを伝ってコルマールの人々と一緒に崖の上まで勢いよく上がってきました。
魔女は、すっかり弱って地面に倒れ込んでいました。キャメルは急いでクローバーを魔女の頬にこすり付けました。でもクローバーは何度こすり付けても効きめを表さず、魔女の頬は赤く腫れ上がったままでした。「どうして効かないの?早くしないと魔女が死んじゃう!お願い魔女を助けて!」キャメルは神様に祈りました。


次号へ統く


好きな音楽を聴きながら読む芸術童話。クリスマス、バースデープレゼントにもどうぞ。カントリーファンに贈るヨーロッパを舞台とした、かわいい伽話。幸せを呼ぶ不思議な妖精プルグリムの世界へ行って主人公マーガレットと一緒に、物語を冒険しましょう。
四六判・上製・72頁 定価1,365円(税込)
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☆内容・挿し絵に感動されて、大阪日日新聞さん、宮崎日日新聞さんに取り上げていただきました。
文芸社http://www.bungeisha.co.jp/search/detail.php?bid=21973
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