びっくりしてキャメルは飛び起きました。キャメルが目の前にした光景は、今までの世界とは違う別の世界だったのです。
「ここは夢の中の出来事?」いいえ、確かに現実だったのです。キャメルは、リクヴィールのピンクの木組みの我が家の自分のベッドの上に座っていたのです。
「魔女はどこなの?それにお母さんが私の部屋にいるなんて!私自分の部屋のベッドの上にいるんだわ!どうして?」キャメルは叫びました。
キャメルの目の前には、さっきまでのやつれ細ったお母さんではなく、ふくよかな顔の生き生きとしたお母さんの姿がありました。「気がついて本当によかったわ!あなたは二年前に、森の入り口で倒れていたのよ!ちょうど私たちと行き違いになったのね
私たちは、おばあちゃんが亡くなったという知らせを聞いて急いでコルマールからこの家へ帰ってきたの。その時にあなたは病院へ運びこまれていたのよ」とお母さんはキャメルに語りかけました。キャメルは、一生懸命今までの事を思い出そうとしました。「そういえば、不思議の森の入り口に看板があって、その看板にキノコを食べれば行く道が開けると書いてあって、その看板の下に白いキノコが生えていたの。私、その白いキノコを食べたわ!そしたら白いふくろうが「こわい森へようこそ」って言ったのよ!」
「キャメル!あなたは眠りキノコを食べたのよ。このまま眠り続ければ死ぬかもしれないと、お医者様に言われたのよ。お母さんはずっとあなたが助かりますようにって、神様にお祈りしたわ。ほら、窓辺にクッキーが掛けてあるでしょう。願いがかないますようにってお星様にいちばん見える所に掛けたのよ。でもこのクッキー、コルマールでも作ったような・・・」とお母さんは窓辺に立って、クッキーを見つめながら言いました。「そのクッキーは、お菓子のお城の壁にあったクッキーと同じだわ!」キャメルは叫びました。
「不思議な事があるものだわ。あなたを病院からこの家に連れ帰って、この絵をここに掛けてから急にあなたの頬が、このオレンジのクローバーのように生き生きと輝き出したのよ」とお母さんは言いながら、壁に掛けてある絵をはずしてキャメルに手渡しました。なんとその絵には、野原一面に咲きほこったアルザスクローバーの絵が描かれていました。
「アルザスクローバーだわ!」キャメルはびっくりしてお母さんの顔を見つめて言いました。「アルザスクローバーっていう名前なのこのクローバー。きっと幸せを運んでくれたのね」

お母さんは、キャメルのベットの横に座って話しはじめました。「あのね、とっても不思議な事があったのよ」
そう、あれはいつだったかしら?コルマールの町のタヌール通りを歩いていたら、後ろから「世話になったね」っていう声がしたの。振り向くと、黒いマントをはおったおばあさんが、ニコニコしながら立っていたわ。おばあさんはマントの中から、七色の包装紙でくるんだ物を私に差し出して、「これは、私が心を込めて作ったお菓子なんだよ、あんたに食べてほしいのさ」って言ったの。「私に?」ぼんやりと私は言いながらそのお菓子を手に取って思わずびっくりしたわ。手作りの温かい優しさが、手に伝わってきたのよ。「どうして私に下さるんですか?」って尋ねると、「キャメルはとっても優しい女の子だよ。そのお菓子は、私からの贈り物さ」って言ったの。それからマントの中からこの絵を取り出して「もう一つ受け取っておくれ。これから先、もし大変な事が起きたら、この絵を壁に掛けるんだよ。きっと幸せが訪れるよ」と言ってこの絵を私に下さったの。それからおばあさんは急いでタヌール橋を渡って、霧の中へ消えていってしまったわ。
私は急にリクヴィールへ残してきたあなたの事を思い出したわ。「キャメルに会いたい!」と、私は心の中でそう叫んだの。そして急いでタヌール通りにあるお父さんの家に帰って、アルベルトと二人でリクヴィールへ旅立つ支度をしたわ。その時にね、おばあさんにいただいた七色の包装紙でくるんだお菓子を食べたのよ。するとね、体中がぽかぽか温かくなってね。不思議な事に働く勇気が湧いてきたのよ。そしてその時決心したの。コルマール町でもう一度がんばってみようと思ったのよ。それからお父さんとお母さんは、お菓子屋をはじめたのよ。無我夢中で働いたわ。忙しくてリクヴィールのおばあちゃんへ出す便りが遅れてしまって心配かけたわ、ごめんなさいね。それがね、頑張ったおかげで近所の人たちがおいしいお菓子だってうわさしはじめてね。その内に他のお菓子屋さんが競い合ってめずらしいアルザスにしかないお菓子を作りはじめたのよ。
今ではコルマールは、世界中でお菓子の国っていわれるほど様々なお菓子屋さんが軒を連ねるようになってね、毎日観光客で賑わっているわ。おかげでワインもとぶように売れるのよ。リクヴィールの村はワイン作りに大忙しだわ。このピンクの家は大切な我が家ですもの、もう二度とリクヴィールを離れる事はないわ。ここで沢山りんごを実らせておいしいワインにするつもりよ。きっとあの黒いマントのおばあさんが、町や村を救ってくれたんだわ。七色の包装紙でくるんだお菓子は、もしかして魔法のお菓子だったのかもね。キャメルも元気になった事だし、とっても嬉しいわ」とお母さんは嬉しそうに、キャメルの手を握りしめて言いました。それから急に立ち上がってニコニコしながら「ちょっと待ってて。あなたの服を縫ったのよ」とキャメルに言うと、急ぎ足で部屋を出ていきました。
キャメルはもう一度クローバーの絵を見つめました。そして絵を裏返してみました。目の前に古めかしい文字がうっすらと見えました。キャメルは一生懸命ほこりを払って、消えかかって見えにくくなった文字を、必死に読みました。「ボヌールシャトーより愛をこめて1690年8月」「1690年?今から百年も前の日付だわ!」キャメルの鼓動は鳴り響きました。不思議な事が本当に起こったんだわ!もう一つの世界が現実にあるのよ!」キャメルは心の中でそう叫びながら再び絵を裏返し、絵を眺めました。キャメルの頭の中に不思議の森での出来事や、風の谷の出来事が走馬灯のように甦ってきました。
「プルグリム!魔女は?お菓子のお城は?」キャメルはそっと小さな声で絵に語りかけました。「キャメル!何ぶつぶつ言ってるの?」お母さんがキャメルの部屋に入ってきて声をかけました。お母さんは赤いチェックの服と、いちごの刺繍の付いたエプロンを手に持って、とても嬉しそうにニコニコしながらキャメルの目の前に立っていました。キャメルは幸せそうなお母さんの笑顔を見つめ、あらためてリクヴィールへ帰ってきた事を認識したのでした。キャメルは立ち上がってクローバーの絵を壁に掛けました。「さあ、早くりんごの丘へいってごらんなさい!お父さんとアルベルトがリンゴを取りにいったのよ」とお母さんは言うと、キャメルに服を着替えさせました。
キャメルは我が家のドアを開け、太陽の光を浴びました。辺りはすっかり秋色に染まっていました。キャメルはその時、太陽の光を今までいちばん暖かく感じたのでした。
それから月日が経ち、世界の国々のすべてに穏やかな平和な日々が訪れ、青い海、緑の野山は澄みきった人々の心と同じ様に、鮮やかに色濃く生き生きと輝いていました。
キャメルも生き生きとした美しい娘に成長していました。
毎年秋にはりんごを摘み、そして毎日のように丘の頂上に立って、キャメルは大空を見上げていました。「リクヴィールの村へ帰ったら、空を見上げてごらん。きっと僕の姿が見えるよ。なんてプルグリムが言ってたけど、プルグリムの姿なんて見えるはずがないわね。それにしてもプルグリムと二人で空を飛んだ事は、今でもはっきり覚えているわ。すてきな思い出よ。私一生忘れない!」とキャメルは言うと、篭いっぱいに摘み取ったりんごを抱えて坂道を降りていきました。すると篭の上のりんごが数個地面に落ちて、ころころと坂道をころげ落ちていきました。キャメルは慌てて篭を下へ降ろすと、「こら、待ちなさい!魔法にかかったりんごたち!」と叫びながら坂道を駆け足で下り、ころがったりんごを追い駆けていきました。
勢いよくころがっていったりんごは、坂道の途中でぴたりと留まりました。キャメルは、はあはあと息を切らし、座り込んでりんごを拾い集めました。すると、「はい、りんご」という声と同時に、大きな手が目の前に現れ、その大きな手にはころがったりんごがのせられていました。キャメルは手を差し出して見上げました。「あなたは!」とキャメルはびっくりした顔をして言いかけ、立ち上がりました。キャメルのコートが秋風になびいていました。
おわり
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